≪デボーションの友≫2023/2/27-3/4

2023/2/27(月) 担当 高谷清師 使9:1-9 賛美 聖歌(総)643 聖歌 604

 サウロは突然の天からの光に照らされ、地に倒れた。その時イエスは「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかけられた。サウロが「主よ、あなたはどなたですか」と問うとイエスは「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」と答えられた。この時サウロは自分が迫害してきたイエスこそ、主であられることを知った。サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。彼は三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった。この三日間はサウロにとって貴重な時間であり、決定的な時となったであろう。目が見えず、食べも飲みもしなかったサウロはひたすら、神との交わりの時を持った。イエスは茨の中に蒔かれた種について「御言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさいで、実らない人である」(マタ 13:22)と語っておられる。私たちの信仰の歩みは周囲の様々な状況に配慮することが求められるとともに、それらの一切を遮断してただ神の御心を求めることに専心することが求められる。

2023/2/28(火)担当 ラウジー満世師 創世記30:25-43 賛美 聖歌(総)469 聖歌456

 ヤコブとラバンの争いが続いている。ヤコブはラバンのもとに来てから妻をめとるために働いてきた。ヤコブと共に神がおられたので、ラバンはヤコブを通して主からの祝福を得ることが出来た。長年ラバンに仕えてきたヤコブは自分の家の将来のためにラバンのもとから去る許可を得ようとする。しかしラバンはヤコブのゆえに神の祝福を受けて豊かになったことを知っていたので、何とかしてヤコブを自分の手の内にとどめようとする。神に祝福されている人を通して神の祝福を自分の財産としてきたラバンにとってヤコブを手放すことなど考えられなかった。ラバンはずるい策略を用いるが、ヤコブも不思議な方法で自分に与えられるべき財産を守る。具体的に木の皮に関する方法は理解し難いが、ここでも背後にあって明確にヤコブを祝福しておられるのが神であることを知ることが出来る。

 人間は欲のために他者を陥れ、争う。しかし神は選んだ者と共にあり、御心を成し遂げるためにことを行い、策略の中で生きるヤコブをもご自分の計画に従って祝福し、守り、導かれる。主の御心が成ること信じよう。

2023/3/1(水) 担当 高谷清師 使 9:10-19a  賛美 聖歌(総)617 聖歌 581

 サウロがひたすら主に祈っている間、主はご自身の働きを進めておられた。主は幻の中でアナニアに呼びかけられた。「立って、『直線通り』と呼ばれる通りへ行き、ユダの家にいるサウロという名の、タルソス出身の者を訪ねよ。今、彼は祈っている。アナニアという人が入って来て自分の上に手を置き、元どおり目が見えるようにしてくれるのを、幻で見たのだ。」と。アナニアは驚いて「主よ、わたしは、その人がエルサレムで、あなたの聖なる者たちに対してどんな悪事を働いたか、大勢の人から聞きました。ここでも、御名を呼び求める人をすべて捕らえるため、祭司長たちから権限を受けています。」と語った。しかし主は「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」と言われた。アナニアが主の言葉に驚いたのも無理はない。ダマスコにはエルサレムにおけるサウロの迫害から逃れてきた人々が大勢居り、サウロがダマスコにやって来た目的も知っており、ダマスコに住むキリスト者の間には恐れと緊張があったからである。しかし神は驚くべき御業を為された。神に不可能は無い。世評ではなく、常に神の言葉を注視し従おう。

2023/3/2(木)担当 ラウジー満世師 創世記31:1-16 賛美 聖歌(総)513 聖歌495

 ヤコブとラバン及びその息子たちとの関係は良い状態ではない。ラバンの態度の中にはヤコブへの敵意が見られ、その息子たちもヤコブについて敵意に満ちた言葉を発している。長い間ラバンに仕えてきたヤコブに対してついに神の言葉が明確に語られる。それはかつて神がアブラムに突然に語り掛け、召し出された出来事を思い起こさせるような語り掛けであった。ラバンのもとから離れることについてヤコブは妻たちと話し合い、彼女たちの同意によってヤコブ自身の家を建てるという方向に向かって事態は進んで行く。もちろん妻たちの同意と協力があってこのことが進んで行くが、すべてのことの背後で神の言葉があり、その言葉にヤコブと妻たちが従うことにより、この家族は前進していくのである。

 神は時には出来事の背後にあって知恵を与えて下さり、また時には人々に直接語り掛けてその生涯を導かれる。どちらの導きをもしっかりと受け止めるために、日々神に祈り、み言葉を聞き、交わりの中に生きよう。

2023/3/3(金) 担当 高谷清師 使 9:10-19a 賛美 聖歌(総)526 聖歌 508

 主はサウロについて「わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」と語っておられる。パウロは自分の伝道生涯について「キリストに仕える者なのか。気が変になったように言いますが、わたしは彼ら以上にそうなのです。苦労したことはずっと多く、投獄されたこともずっと多く、鞭打たれたことは比較できないほど多く、死ぬような目に遭ったことも度々でした。ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭を受けたことが五度。鞭で打たれたことが三度、石を投げつけられたことが一度、難船したことが三度。一昼夜海上に漂ったこともありました。しばしば旅をし、川の難、盗賊の難、同胞からの難、異邦人からの難、町での難、荒れ野での難、海上の難、偽の兄弟たちからの難に遭い、苦労し、骨折って、しばしば眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べずにおり、寒さに凍え、裸でいたこともありました。このほかにもまだあるが、その上に、日々わたしに迫るやっかい事、あらゆる教会についての心配事があります。」(Ⅱコリ11:23-28)と語り、「わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。キリストを得、キリストの内にいる者と認められるためです。わたしには、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります。」(フィリ3:8-9)と語っている。キリストに従う生涯は安逸の道とは限らないが、如何なる苦難があっても平安と希望の道である。

2023/3/4(土) 担当 高谷清師 詩 73:13-17 賛美 聖歌(総)294 聖歌 309

 この箇所では神に逆らう者とは対照的な詠者の不条理に見える情況が語られる。神に逆らう者がとこしえに安穏で、財をなしていく。詠者は心を清く保ち/手を洗って潔白を示したが、むなしかった。日ごと、病に打たれ/朝ごとに懲らしめを受ける。その現実は変わらなかった。彼は自分の目に労苦と映ることの意味を知りたいと思い計り、神の聖所を訪れ彼らの行く末を見分けた。そこにおいて彼が目にしたものは順風満帆に見える神に逆らう者の前途に待ち受ける瞬時の滅びであった。主イエスも金持ちとラザロの記事において地上の繁栄と御国について語っておられる。また主は「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」(ヨハ 16:33)と教えておられる。いかなる時にも主に信頼し、従おう。