≪デボーションの友≫2023/12/4-9

2023/12/4(月) 担当 高谷清師 ルカ1:57-66  賛美 聖歌(総)501 聖歌 484

 月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ時、近所の人々や親類は、主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて喜び合った。エリサベトは男の子を身ごもった時、「主は今こそ、こうして、わたしに目を留め、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださいました。」と、喜びを語っている。八日目、その子に割礼を施し、命名する日がやって来た。そのために集まって来た人々は、当時の習慣に従い父の名を取ってザカリアと名付けようとした。しかしエリサベトは「名はヨハネとしなければなりません」と言った。人々は不思議に思い、父親に、「この子に何と名を付けたいか」と手振りで尋ねた。父親は字を書く板を出させて、「この子の名はヨハネ」と書いたので、人々は皆驚いた。これは天使がザカリアに命じた名前であった。ザカリアは天使の告知を信じきれず、しるしを求めたため、口がきけなくなっていた。しかし今、天使の告知に従い、天使が命じた名を付けた時、たちまちザカリアは口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた。ハバククは「定められた時のために/もうひとつの幻があるからだ。それは終わりの時に向かって急ぐ。人を欺くことはない。たとえ、遅くなっても、待っておれ。それは必ず来る、遅れることはない。」(ハバ 2:3)と語っている。神が私たちの上に御業を為そうとされる時、それが人間の視点から見てあまりに偉大である時、私たちは信じきれないことがある。しかし神は語られたことを必ず成し遂げてくださる。神の約束、神の言葉を信仰をもって把握し、歩もう。

2023/12/5(火)担当 ラウジー満世師 創世記49:29-33 賛美 聖歌総合版430 聖歌428

 ヤコブは息子たちに祝福の言葉を語り終えた後、埋葬について指示している。異国の地エジプトで最後に願ったのは先祖たちと共に葬られることであった。これは単なる肉親の情だけではなく、神がアブラハムと子孫に約束された土地に葬ってほしいということであった。神の約束の地に父祖たちと共に葬られることによって神の約束がヤコブの上にも実現され続けていることを表すものであった。ヤコブの若き日を思うと道徳的に褒められたものではなかった。しかし神の約束の内に生き、苦難を通して神と出会い、不完全でありながらも神に従い通したヤコブの最後の願いが神から与えられた約束の地に葬られることであった。これは生涯を通して神に従う者と変えられたヤコブが最後まで貫いた信仰の姿勢であった。

 ヤコブは未熟な自分自身と向き合い、神と共に歩み通した。多くの困難を通して神の恵みを知り、最後まで主に仕えた。私たちも神を愛し、神に従い、従えなかったときには悔い改めつつ、主の導きの内に歩みたい。

2023/12/6(水) 担当 高谷清師 ルカ1:57-66  賛美 聖歌(総)29 聖歌 89

 ザカリアが「この子の名はヨハネ」と書いた時、即ち御使いの告げたこと、神の言葉に対する従順を顕した時、口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた。ルカは「父ザカリアは聖霊に満たされ、こう預言した。」と記している。この言葉はマリアの讃歌の中で加藤常昭師が引用されたルターの言葉「浮いて、動いている。どこに浮いて、動いているのか。神への愛のなかに浮いて動いている。(中略)私の心が、そのように動くがままに歌を歌い始める。自分で止めることができません。自分で立ち上がって神をほめたたえるのではない。神をほめたたえるために、私は立ち上がらせられたのです。」を思い起こさせる。パウロは「キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。」(コロ 3:16)と述べている。心の内に豊かに御言葉を蓄え、全き信仰に歩み、聖霊に満たされ、聖霊によって神を賛美しつつ歩もう。

2023/12/7(木)担当 ラウジー満世師 創世記50:1-9 賛美 聖歌総合版516 聖歌498

 ヤコブはエジプトで生涯を閉じた。ヨセフの指示によってエジプトの習慣に従ってヤコブのなきがらは処置された。死に臨んでヤコブは自分のなきがらを先祖と共に約束の地に葬るように指示していたが、エジプトでの死の際の記述を見ると、確かにこれは必要な指示であったと分かる。エジプトで高官となっていたヨセフは、父の希望に沿った葬りのためにファラオに許可を願い出、ファラオは快くその願いを聞き入れた。それはヨセフの家族だけではなく、エジプトの重臣たちをも伴う、壮大な葬りであった。飢饉のためにエジプトに寄留したに過ぎない一民族の族長の葬りのためにこれほどの厚遇を示されることの内に、神の豊かな恵みが示されている。もちろんヨセフの働きの故であったが、ヨセフの働きの背後にも神の知恵と導きがあってファラオの信頼を得たことを思う時に、どんな境遇においても神は民を顧みておられることが分かる。

 神を信じる私たちも大変な問題に出会い、困難に直面することもある。しかし、どんなときにも神は従う人々を見守り、祝福を与え、ご自身の栄光を示してくださることを感謝しよう。

2023/12/8(金) 担当 高谷清師 ルカ1:67-75  賛美 聖歌(総)25 聖歌 85

 ザカリアは詠う

  「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し、

我らのために救いの角を、/僕ダビデの家から起こされた。

昔から聖なる預言者たちの口を通して/語られたとおりに。

それは、我らの敵、/すべて我らを憎む者の手からの救い。

主は我らの先祖を憐れみ、/その聖なる契約を覚えていてくださる。

これは我らの父アブラハムに立てられた誓い。こうして我らは、

 敵の手から救われ、/恐れなく主に仕える、

生涯、主の御前に清く正しく。」と。

 パウロは「最後の敵として、死が滅ぼされます。」(Ⅰコリ 15:26)と述べ、更に「死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。」死のとげは罪であり、罪の力は律法です。わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。」(Ⅰコリ15:55-67)と述べている。全き愛によって賜った最後の敵―罪に対する、自己に対する、死―に対する勝利に感謝し、聖霊の導かれるまま、神を賛美しょう。

2023/12/9(土) 担当 高谷清師 ルカ1:71-80  賛美 聖歌(総)578 聖歌 554

 この箇所には神がヨハネに与えた課題にかかわる預言が記されている。彼は主に先立って行き、その道を整え、主の民に罪の赦しによる救いを知らせるのである。マタイは「はっきり言っておく。およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大な者は現れなかった。しかし、天の国で最も小さな者でも、彼よりは偉大である。」(マタ 11:11)と言うイエスの言葉を記している。ヨハネは最も偉大な預言者であった。その預言は神の憐れみの心によるものであり、イエスは「憐れみによって、/高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、/我らの歩みを平和の道に導く。」お方である。イエスは「はっきり言っておく。およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大な者は現れなかった。しかし、天の国で最も小さな者でも、彼よりは偉大である。」(マタ 11:11)と述べておられる。ヨハネはイエスが働きを始められた時「わたしは、『自分はメシアではない』と言い、『自分はあの方の前に遣わされた者だ』と言ったが、そのことについては、あなたたち自身が証ししてくれる。花嫁を迎えるのは花婿だ。花婿の介添え人はそばに立って耳を傾け、花婿の声が聞こえると大いに喜ぶ。だから、わたしは喜びで満たされている。あの方は栄え、わたしは衰えねばならない。」(ヨハ3:28-30)と述べている。主を証しする使命を与えられた者は栄光を自らのものとしてはならない。常に主に栄光を帰そう。